近年、アスリートを取り巻く環境は急速に高度化・複雑化しており、それに伴ってストレングス&コンディショニング(S&C)分野でも、スポーツサイエンスを基盤とした実践が強く求められている。特に、パフォーマンス向上や障害予防に関しては、経験や勘に頼るだけでなく、エビデンスに基づくトレーニング設計が必要不可欠となっている。GPSやフォースプレートなどの先進的な測定技術の普及もあり、S&Cコーチには研究データの解釈力、テクノロジー活用スキル、そして意思決定の根拠となる理論的な背景が求められるようになってきた。
しかし、単に「データを扱える」ことが目的化されてはならない。データやテクノロジーはあくまでツールであり、それをどう活用し、実践にどう結びつけるかという視点こそが重要である。そして、この視点を養う鍵となるのが、「研究的思考」を備えたS&C人材の育成である。
研究的思考を備えることの意義は以下の4つである。
- ロジカルなフィロソフィー(行動指針)の構築
自身の指導方針や価値観を、経験則や感覚だけでなく、理論とエビデンスに基づいて言語化し、再現可能な形で提示できる。
- 批判的思考と自己修正力
科学的な態度に基づき、批判や異論を受け入れ、自らの仮説やアプローチを柔軟に見直すことができる。
- 学び続ける知的好奇心
絶えず進化する知識体系に対し、好奇心と探究心を持って向き合える。
- アスリートのウェルビーイングを見据えた最適解の選択
個々の選手の身体的・心理的背景を考慮しながら、データ解釈にとどまらない文脈的判断ができる。
こうした資質を備えた人材の育成は、すでに国際的な基準でも進んでいる。たとえば、NSCAが新たに設けた「Certified Performance and Sport Scientist(CPSS)」という資格では、博士号取得、修士号+実務経験、学士号+長期実務経験のいずれかが取得条件となっており、研究能力と現場経験の両立が求められている。これは、現代のS&Cにおいて「科学を語る実践者」ではなく、「サイエンスを現場で体現する実践者」が重視されていることを示している。
私の考えでは、ケーススタディや現場に根ざした実践研究を通じて学位を取得する道が、さらに重要になってくると考えている。単なる論文作成のための研究ではなく、個別のアスリートやチームを対象とした実践的な研究は、現場とアカデミアをつなぐ架け橋となり、研究成果がそのままトレーニングの質向上に還元される。このような「現場から問いを立て、現場に還元する」研究姿勢は、次世代のS&C実践者にとって極めて有効かつ意義深いものである。
これからのS&C人材育成においては、データや知識を道具として使いこなす能力に加えて、「問いを立て、仮説を検証し、実践に還元する力」を備えた人材の育成が不可欠である。スポーツサイエンスを現場で実践し、研究的思考を「軸」として用いることができるS&C実践者を育てることが、アスリートのパフォーマンス最大化だけでなく、教育、医療、社会全体のウェルビーイングに貢献する未来を築くことにつながる。
文責 菊池直樹(2025.06.20)
※最近スポーツサイエンスに関する現場でのリテラシーについて考える機会が多かったため備忘録としてまとめたものである。